長州藩

吉田稔丸(稔麿)や松浦亀太郎(松洞)と同様、伊藤博文旧宅も松下村塾から近かった。

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伊藤博文像

これまで①松浦松洞誕生地、②松下村塾、③杉家吉田松陰幽囚宅、④松陰神社、⑤吉田稔丸(稔麿)誕生地碑と歩いてきました。

次に⑤吉田稔丸(稔麿)誕生地碑を後にし前進。途中で右側に道が見えてきます。

そこを右折すると、⑥伊藤博文旧宅、⑦伊藤博文別宅がありました。

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松陰神社周辺マップ

 

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伊藤博文旧宅…藁葺きの屋根が一部現存してました。彼は吉田稔麿と同様、足軽出身です。松下村塾からもこんなに近くに住んでいるんで、そこに通うようになったのも頷けますね。

 

伊藤博文旧宅
もちろん身分関係なく教育の場をもうけた松陰先生の発想は本当にスゴいとしかいいようが無いでしょう。

学びたい人は誰でも松下村塾に入れる。今なら普通ですけど、当時としてはスゴイです。

 

伊藤博文像
↑顔の部分だけが金色(黄色)になってました。

 

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伊藤博文別宅…旧宅のとなりにあります。伊藤博文が晩年、東京で建てたものを、萩に移築したと説明をうけました。

 

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手前が「伊藤博文舊宅(旧宅)」と奥が「史蹟 伊藤博文舊宅(旧宅)」と書かれています。

 

最後に

長州ファイブ
長州ファイブの写真をパチリ。DVDで予習してから来たもので;

東京に建てられていた当時の写真がありました。東京にもいつか幕末散歩しないと。

 

 

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